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写真1.東山最高峰付近
写真2.東山から高尾山への道
写真3.高尾山、鉄塔の風景
写真4.高尾山頂、四国キティ山岳会さんのプレート
写真5〜7.高尾台の街並
須磨アルプス、連山の三つ目は、馬の背を越えいよいよ東山山頂です。
標高は253メートル。地図で確認すると、真ん中の横尾山が北側に頭一つ高くそびえていて、ちょうどその手前東西に栂尾山、東山二つの山が裾広がりに連なっています。
東山最高峰に昔話の立て看板に昔話が書いてあり、こういう話は好きなんで書いてみます。
東山は、明治の初めにつけられた名前で、その昔、横尾山と一つの山だったそうです。
昔々〜横尾山を支配していた天狗と高取山(長田区)を支配していた天狗が縄張り争いをして仲が悪く。ついに山間を綱で結び、綱引きをして決着をつける事にしたのだが、酒を飲み過ぎた横尾の天狗が、負けそうになり岩に足を踏張った弾みで山がちぎれ、片足を掛けたまま今の場所に引き寄せられ、東山ができたそうです。
やがて両天狗が仲直りして、行き来するうちに年を取り過ぎ、一本歯の下駄で山から山をひとっ飛びで渡るのは疲れる為、途中の東山に腰を下ろし、一服吸うタバコの煙が立ち始めると、下界が煙って見えなくなるので、村人がいつとはなく天狗山とか一服山と呼ぶようになったそうです。
その後明治に入り、おらが山が、天狗山という名前では嫁も、こねぇ!と付近の農村の若者などが中心に議論した結果、村の和尚さんが横尾山の東にあるから東山!と決めたそうな。
なんだ、単純明快な名前だったんですね(^_-)でも、きっと大昔天狗はいたんでしょうね。何とも豪快なお話ですが、六甲山では各所で天狗の伝説は聞きますから。
さて、この東山まで全山縦走路を歩いてきましたが、ここから縦走路を逸れ南へ、高尾山から水野町、月見山へと下ることにしました。
全山縦走路は、このあと北のへ山間の街、横尾から妙法寺へと下ります。
東山最高峰から左方向に向く縦走路の道標がありますが、無視して直進する道へ。
少し急ですが、道は問題なし。しばらく進むと、確か山火事注意?の大きな看板が出ています。手書きで直進すると板宿八幡神社、右下(看板の裏側)方向は鷹尾台と書かれています。
鷹尾台へと下ります。途中は、道標はありませんが、黄色い紐が、ちょうどよい間隔で木に巻かれているので、何ら迷うことなく進みます。一本道ですし、道も大丈夫。
下り続け、約25分。思ったより時間がかかりましたが、高尾山山頂181メートルを通過。四国キティ山岳会さんの登頂プレートが木に掛かってます。
山頂手前から鉄塔が現れ、市街地へ続いていきます。山頂を過ぎ、5分も歩くと市街地が見えてきました。ホッとしながらアスファルトを下ります。もう夕暮れ、時計は5時半を指しています。
つづく
2008.04.21 ▲
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